シャリ切りは時間と物理の勝負|うちわであおがない寿司屋の理由

皆さんこんにちは、鮨畑です!

今日は、シャリについて少し踏み込んだ話をしてみたいと思います。

以前の記事で「手にシャリがくっつく問題」について書きました:

今回はもう一歩進んで、シャリ切りそのものについて考えてみます。


「シャリはうちわであおげ」という常識

寿司屋の現場で、昔から当たり前のように言われてきたことがあります。

「シャリはうちわであおげ」
「シャリは冷まさないといけない」

多くの店で、シャリ切りのあとにうちわであおぐ光景を見ますよね。理由を聞くと、だいたいこう返ってきます。

「冷まさないとベタつくから」

でも、うちの店(鮨川)では、シャリをあおぎません。シャリ切りが終わったら、そのまま蒸気で包まれた高湿度のシャリウォーマーに入れて保温します。

にもかかわらず、シャリが手につきにくい状態は保たれている。

これは「変わったやり方」なのでしょうか。それとも、そもそも目的が違うのでしょうか。


まず、科学的に分かっていること

炊き上がった米が手につく原因については、食品科学の世界でもある程度分かっています。

炊飯中に米のデンプンは糊化(こか)し、粒の表面に粘着性を持つ状態になります。この糊化デンプン(特にアミロペクチン)が露出していると、手や他の米粒にくっつきやすくなる。

ここまでは、経験と科学が一致している部分だと思います。


シャリ酢は「粘着を減らす」のか?

寿司の世界ではよく、「シャリ酢が米をコーティングする」という言い方がされます。

感覚的には分かりやすいのですが、科学的に見ると少し注意が必要です。

実は近年の研究では、酢酸を加えた米は、むしろ粘着性が増し、やわらかくなるという結果が報告されています。つまり、

「酢がデンプンの粘着を抑えるから、シャリは手につかなくなる」

と単純に説明することはできないんです。

正直に言うと、シャリ酢がどのように「手につきにくさ」に影響しているかは、科学的にはまだ完全には解明されていません


では、なぜ職人の手にはシャリがつかないのか?

ここで見落とされがちなのが、手酢(てず)の存在です。

実際の握りでは、手は常に酢水で濡らされています。これがなぜ効くのか、完全には解明されていませんが、考えられている要因としては:

  • 酢が蒸発するときに手から熱を奪い、手の温度を下げる
  • 手の表面に水分の層ができ、デンプンが直接皮膚に接触しにくくなる

といったことが挙げられます。

つまり「シャリが手につかない」かどうかは、

  • 米そのものの性質
  • シャリ切りの均一さ
  • 手酢という”インターフェース”

この組み合わせで決まっていると考えるのが、現場の実感に最も近いです。


それでも、シャリ切りが重要な理由

では、なぜシャリ切りがうまくいくと、シャリは手につきにくくなるのか。

ここから先は、科学的に証明された話というより、現場で繰り返し確認されてきた経験則になります。

シャリ切りが速く、均一に行われると、

  • 米粒がしっかりほぐれる
  • シャリ酢が全体に均一に行き渡る
  • 水分の偏りが少なくなる

結果として、「手につきにくいシャリ」になる。

なぜそうなるのかを分子レベルで完全に説明することは、今の私にはできません。ただ、速く、ムラなくシャリ切りができたときに結果が変わるのは、現場でははっきり分かります

うちのボスはこう言います。

「シャリ切りは、いかに早くシャリ全体にシャリ酢を行き渡らせるかの時間勝負だ」

これは科学的な証明ではありませんが、現場で何度も確認されてきた事実です。


うちわであおぐ本当の目的

いくつかの資料や文献を調べて分かったのは、

「うちわであおぐ目的は、冷却そのものではない」

という点です。

本来の目的は、シャリ酢を加えた直後に生じる余分な水分を、蒸発させて飛ばすことにあります。

冷えるのは、その副作用にすぎない。

シャリ切りが不十分で、水分やムラが残っている場合、うちわであおぐことは非常に理にかなっています。状態を平均化し、失敗しにくくしてくれるからです。


だから、あおがないという選択

うちでは、シャリ切りを短時間で終わらせることを最優先にしています。

その時点で、余分な水分を飛ばす必要がほとんどない状態まで持っていく。だから、うちわであおがない。

あおがないからといって、冷まさないわけでもありません。シャリは、蒸気で包まれた高湿度のウォーマーで、状態を変えずに保たれます。

重要なのは温度の数字ではなく、

「完成したシャリを、変化させないこと」

だと思っています。


結論:分かっていること、分かっていないこと

今回の記事で伝えたかったのは、こういうことです。

科学的に分かっていること:

  • 糊化デンプンがシャリの粘着性の原因
  • うちわであおぐ主な目的は、冷却ではなく水分を飛ばすこと

現場の経験則として確認されていること:

  • シャリ切りが速く均一だと、手につきにくいシャリになる
  • シャリ切りの出来で、その後の工程が変わる

まだ科学的には解明されていないこと:

  • シャリ酢が「手につきにくさ」にどう影響しているかの正確なメカニズム
  • なぜシャリ切りの均一さが粘着性に影響するのかの分子レベルの説明

寿司の技術には、科学で説明できる部分と、まだ説明しきれない部分があります。

だからこそ、「なぜそうなるか分からないけど、こうすると結果が変わる」という現場の知恵が、今も大切にされているのだと思います。


シャリをあおぐ理由は、冷ますためじゃない。

本当は、余分な水分を処理するため。

それが最初から不要なシャリなら、あおぐ必要はない。

シャリ切りは、時間と物理の勝負。

ここが決まれば、工程は自然とシンプルになります。


東京都内を中心に、出張鮨サービスを承っております。シャリにもこだわった江戸前鮨を、ぜひご賞味ください。

出張寿司サービス詳細はこちら