ホーチミンで寿司食べ歩き:スシタイガー再訪とベトナムの魚事情
今回のホーチミン滞在では、去年に続いて2回目となる「スシタイガー」を訪れました。レタントン通りにあるこのお店、実は私のお気に入りなんです。
スシタイガーで食べた魚たち
今回注文したのは、マグロ3貫、アジ2貫、マナガツオ2貫、カマス、ボラ、そしてニハマグリ。ドラフトビール2杯と合わせて合計434,600ドン(約2,600円)でした。日本でこの内容だと軽く5,000円は超えるので、コストパフォーマンスは抜群です。

食べてみて感じたのは、どの魚も脂が少なくあっさりしているということ。一緒に行った友人いわく、「ベトナムの魚はだいたい脂がのっていない」とのこと。確かにマアジもボラもマナガツオも、日本で食べる時と比べると明らかに淡白です。

ボラの血合い、残ってたけど臭くない!
ここで寿司職人として驚いたことが一つ。ボラです。私はボラを提供する際に皮目の血合いを全部取り除きます。これは臭みをゼロにするための下処理で、業界ではほぼ常識かと思います。
ところがスシタイガーのボラは、皮目の血合いを残していました。「あれ、これ臭くなるんじゃ...」と思いながら口に運んだのですが、全く臭みがない!むしろ美味しい。これには正直驚きました。
ボラの臭みは水質に大きく依存します。日本でボラは臭いというイメージが強いのは、水質が良くない河口や湾内で獲れたボラを食べる機会が多いからです。私たち鮨川では沖ボラを使っていますが、それでも臭みをゼロにするために皮目の血合部分を全部取り除きます。ところがベトナムでは血合いを残していても臭みがない。おそらく、沖の綺麗な海水で育ったボラなのでしょう。
ここで一つ、重要なことに気づきました。私は「血合いは捨てる」と教えられ、ずっとそうしてきたので、実は血合いを味見したことがないんです(笑)。常識を疑え、ということですね。次にボラを捌く際には、皮目の血合いを一度味見してみようと思います。もしかしたら、沖ボラの血合いは思っている以上に美味しいかもしれません。環境の違いが魚の味に直結する、良い例だと思いました。
これ、本当にマナガツオ?実は別種かも
もう一つ、寿司職人として気になったのがマナガツオです。ネタケースに「MANAGATSUO BUTTER FISH」と書かれていたので注文したのですが、見た目が私の知っているマナガツオと全然違うんです。

日本のマナガツオは、黒っぽい銀色で金属光沢がある魚です。ところがスシタイガーのマナガツオには、赤と白のストライプ模様がある。「こんな模様、日本のマナガツオには出ないよな...」と違和感を覚えました。
帰国後に調べてみたところ、ベトナムで「MANAGATSUO」や「BUTTERFISH」として売られている魚は、日本のマナガツオ(学名:Pampus punctatissimus)とは別種の可能性が高いことがわかりました。おそらくSilver Pomfret(学名:Pampus argenteus)系の魚で、Golden Pomfretと呼ばれる種類かもしれません。
ただし、調べても皮目の詳細な画像がなかなか見つからないため、本当にこの魚だったのかは定かではありません。もしかしたら、Pomfret系ですらなく、全く違う魚の可能性もあります。ベトナムでは商業名と実際の魚種が異なることもあるので、このあたりは今後の課題ですね。
日本のマナガツオは黒っぽい銀色で、背びれと尻ビレがカマのような形に大きく発達しているのが特徴。一方、ベトナムのPomfret系は銀白色や金色の体色で、模様がある種類も存在します。同じ「マナガツオ」という名前でも、実は別の魚なんですね。
気になる方は「マナガツオ Pampus punctatissimus」と「Silver Pomfret Pampus argenteus」で画像検索してみてください。見た目の違いが一目瞭然です。

ベトナムの魚、なぜ脂が少ない?
これは海水温と関係があると思います。ベトナム近海は年間を通して温暖なため、魚が脂を蓄える必要が少ないんです。日本の魚、特に秋から冬にかけての魚が脂をたっぷり蓄えるのは、冷たい海水に対応するため。温暖な海で育つベトナムの魚は、その必要がないんですね。
寿司職人の視点で言うと、これは結構大きな課題です。最近の世界的なトレンドとして、インバウンド向けの寿司では「脂ののった魚」が重宝されます。トロや脂ののったサーモンが人気なのはその典型。ベトナムの地魚だけで勝負するのは、なかなか厳しい環境なんです。
もちろん日本から魚を仕入れるという選択肢もありますが、仕入れ値が2倍になります。でもホーチミンで寿司を売るとなると、価格は日本と同等か、安いところだと半額。利益を出すのは本当に大変だと思います。
それでもスシタイガーのシャリは最高
ただ、ネタは淡白でも、スシタイガーのシャリは去年と変わらず美味しかったです。適度な酸味と塩気のバランスが良く、ほどける食感も完璧。ベトナムで434,600ドンでこのクオリティなら、文句なしです。
最後に、背中に「MANAGATSUO」と書かれたユニフォームを着たスタッフの方をパシャリと撮らせていただきました。こんなのどこに売ってんねん(笑)。スシタイガーの遊び心が伝わってくる一枚です。

ファンビッチャンの別のお店も体験
スシタイガーの後、ファンビッチャンエリアにある別のお店にも足を運びました。店名は覚えていないのですが、こちらもリーズナブルな価格設定でした。
ここではエビの寿司(写真を見ていただければわかりますが、頭付きの新鮮なエビでした)、ホタテのグラタン風、そして押し寿司のような創作メニューなど、バラエティに富んだラインナップを楽しみました。

シャリはスシタイガーと比べると、甘く、塩気をあまり感じませんでした。これはこれで、ベトナムローカルの好みに合わせているのかもしれません。値段を考えれば十分に満足できる味でした。
ホーチミンの寿司シーン、今後どうなる?
今回2軒のお店を回って感じたのは、ホーチミンの寿司業界は「価格競争」と「ネタの質」という二つの課題に直面しているということ。
地魚を使えば原価は抑えられるけど、脂が少なくて淡白。日本から仕入れれば質は上がるけど、価格が倍になって競争力を失う。この板挟みの中で、各店が工夫を凝らしているのが現状です。
ただ、淡白な魚も悪くないんですよ。さっぱりしていて、たくさん食べられる。日本人の私たちからすると、むしろ懐かしい昔の江戸前寿司に近い味わいかもしれません。脂がのった魚ばかりが寿司じゃない、という視点も大切だと思います。
結論:コスパ最高のホーチミン寿司
ベトナムの魚は脂が少ないという特徴はあるものの、価格とクオリティのバランスを考えれば、ホーチミンの寿司は十分に楽しめます。特にスシタイガーのようにシャリにこだわっているお店なら、満足度は高いです。
次回ホーチミンを訪れる際も、また違う寿司屋を開拓してみたいと思います。この街の寿司シーンは、まだまだ奥が深そうですから。

